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魔法

 わたしは魔法が使えない。
 空だって飛べないし、毒林檎だって作れない。
 だからこの世界はつまらなくてとっても退屈。
 そう言ったらある人は笑った。
「でも君は魔法よりすごいことが出来るでしょ」
 なにを言ってるの。とわたしはしわを寄せてその人の腕を掴んで詰め寄る。
 魔法よりすごいことが出来るならとっくに空を飛んでるわ。毒林檎なんかじゃなく毒ケーキを作ってるわ。
 駄々をこねそうな気配のわたしにその人は、待て待てとまるでペットにそうするように、手の平をわたしの目の前に出す。
「君はどうして僕が君を好きになったか知ってる?」
 突然意味の分からないことを尋ねるのね。わたしは素直に首を振った。
 告白は、わたしの方から好き好き大好きと言ってしまったから、わたしはいまいち目の前の恋人の気持ちが分からない。
 わたしは自分でもそこまで魅力的な部類ではないと自覚してる。
 顔は中くらい(中の上だと思いたいけれどもそんなに自惚れ屋さんではないからして)だし、体のラインも頭の中身も特別よくはない。それに加え、わたしは魔法に憧れるかぎりなく終わりに近い十代後半の女だったりするわけで。
 自分で自分のことを評価すると悲しくなる。わたしは目の前にいる朗らかな、二十代にとっくに入っている大人の人に問うた。
 どうして。どうしてわたしを好きなの?
 口に出すと恥ずかしさが込み上げて、わたしはぐっと顔をしかめた。
 すべてを見透かし笑って、わたしの頬に手を伸ばすその人をわたしはひたすら見つめる。
「君は僕が死ぬほど大嫌いで、だけど泣きたくなるくらい恋しい場所を『導きの果て』って言った。覚えてる?」
 わたしはしかめていた顔を緩ませて、覚えてると言った。
 付き合いだして間もない頃、今の言葉とは違う称し方でとても寂しい空き地に案内してくれたことがあった。
 不揃いに生えている緑の草と赤茶の土、それからごみの山しかなくて、本当に寂しい場所だったんだけど。
 わたしは見た瞬間、ああ、ここは最終地点だと思った。
 導かれた子どもたちが勇気を振り絞って、一人で歩いていく場所。あそこから自分の道のりがはじまる。
 親は入ることが出来ない、別れの場所。終わった悲しみと始まる戸惑いにかられながらも、きっと子どもたちは立ち上がるの。
 だから今言われた言葉は納得出来る。
 別れの痛みが詰まった場所としては、大嫌いな場所。
 でも初めての一歩が刻まれた場所としては、恋しい場所。
 確かにそんな表現がピッタリの空き地だった。
 でもなんでいきなりそんな話をするのか分からないんだけど。
 首を傾げると、少し悲しげな目をした人は手を伸ばしてわたしの頬に触れた。
「僕は君にそう言われるまで、ずっと分からなかったんだ。嫌な思い出を求めに行く意味が。だって苦しいからさ。でも君に言われて、初めて僕は気づいたんだ」
 頬に触れてた指先は下に滑り唇で止まる。わたしは顔が赤くなるのを感じていたけど、顔を背けず堪えていた。
 だってどうしてか泣きそうな顔をしてるんだもの、この人。
「今の僕はとっくにあの頃の葛藤とかを飛び越えていて、だからこそもう無くしてしまった証みたいなものを見たくなるんだと思ったんだ。それが『導きの果て』って意味かなって」
 長い指が唇をなぞってから下に降り、わたしは肩を引っ張られる。
 きっと今は寂しいのだと思う。わたしには言えないって言ってたいろいろな過去を思い出しているのかも。
 抱き寄せられると共に、自分の手を背中にまわした。
 広くて堅い背中に手を寄せると、わたしを抱えるようにして目を伏せている人は、そっと息を吐き出した。
「僕はきっと寂しかったんだね……ずっと……」
 そんな声で言わないで。わたしも悲しくなってしまう。
 わたしはひたすら子どもにそうするように、背中を撫でていた。
 今は寂しくないでしょ? だってわたし、あなたが大好きだもん。
 恥ずかしさに負けないように笑って言う。好き。本当に好き。そういうちょっと哲学者みたいなところとか柔らかい口調とか大きな手とかみんな好き。
 肩に額をくっつけていたら、少し笑った気配がした。
「君には魔法なんてなくてもいいんだよ。だって君はこの世界に広がる意味のない場所に意味を見出していける。名前をつけて、なにもない場所を思い出の場所に変えていく。それに、なんの躊躇いもなく、いろんな言葉と想いを人に与えてくれるでしょ。空を飛んだり、毒林檎作るよりすごいことだよ。だから僕は君が好きなんだ」
 魔法なんてなくても君は素敵な女の子だよ。
 ふいに耳元で囁かれたから、びくってして、顔も熱くなってしまった。
 急にそんなこと言わないでよ。わたしは余裕の笑みを見せるこの人から逃れるように、顔を胸に押し付けた。
 ……でもありがと。うれしい。
 子どもみたいな笑い声が頭上で響く。まもなく柔らかなものがわたしの首筋に降りてきた。

 一つだけ言えることは、魔法がなくてもわたしはこの人が好きでたまらないということである。
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