「ねぇ! 起きて! 着いたわ!」
きゃーきゃー騒ぐリズの声で、馬車の中で惰眠をむさぼっていたロンは重たそうなまぶたを開けた。
「……まだ夜中じゃん。もうちょっと寝る……」
「だーめ! 起きて! もうちょっとで夜明けなんだから!」
リズが何度もロンの服を引っ張る。まだ肌寒い季節なのに、なんでこの少女はこんなにも元気なのか。
ロンは観念して、目を開け起き上がった。
馬車はまだゆるやかに移動を続けていて、断続的にゴトゴトと揺れている。
「まだ着いてないみたいだよ」
「もう降りるよ! おじさーん! ここでいったん降ろして! ほら行こ!」
寝起きのロンの手を引っ張り、リズは馬車の扉をいきおいよく開け放った。
地面に飛び降りると軽々と着地。そしてそのまま走り出す。
寝起きの体に全力疾走はきつすぎる。だが彼女が止まってくれるわけもなく、ロンは必死に足を動かして走った。
肺に独特の冷たい空気が押しいってくる。胸が痛い。息切れがしてきた。元より体力のない体だ。立ち止まるのは時間の問題だった。
「ロン! 見て!」
突然立ち止まったリズが言う。ロンは危うくリズに体当たりしそうになったのをこらえ、立ち止まった。
リズが指差すのは空。
朝焼けの赤い空だ。夕焼けとは違う鮮烈な赤が視界いっぱいに広がる。まだ空気は冷たいのに、その色はとてもあたたかい。
「きれいー」
「うん。そうだね」
すんなりとロンは頷いた。息があがっている。けれどとても落ち着けた。
リズが振り返って笑う。
「この町は朝日がきれいで有名なんだって」
「だからこんなに、走ったわけだ……」
「うん。だって見たかったんだもん」
いいでしょ? と首を傾げてくる。そんな顔をされてだめと言える男がいるのだろうか。少なくとも自分は言えない。
「リズは空好きだね」
「うん! 全部が空で通じ合ってるのよ。ステキじゃない?」
「そうだね。不思議だと思うよ」
空の広さを知らなかったロンに空を目一杯見せてあげると言ったのはリズだった。
そう言ってから三日後。二人は故郷を飛び出した。
「ねぇ、ロン。これから二人でいろんな世界を見ようね! だって世界はとっても広いんだもん! きっと楽しいよ!」
「うん……」
僕らの知らない世界なんて無限大に広がっている。
だけど。これからどんな世界を見たとしても。
『僕の世界』に『君がいない世界』なんて存在しないんだ。
リズとロンは太陽を背に歩き出す。
二人の影はどこまでも寄り添い、そしてどこまで続いていくのだろう。