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光に、溶ける

 暗い森を歩いていたら、ふと声が聞こえた。

 

 

***

 

 

「ちょっと待って」
 暗い夜道の中、美智流みちるは手を握って自分を引っ張っているつとむの手を引っ張り返した。
 彼の背中が揺れて止まる。その背にぶつからないように美智流は顎を引いた。
「なんだよ」
 功は少し怒った声を出して美智流の方に振り向く。彼は本当はとてもこわがりなのを美智流は知っていた。今日の肝試しだって出たくなかったのだろうけど、クラス行事に決まってしまっていたため、出ざるおえなかったのだ。
 今回の緑化合宿の班では二人は一緒ではないので、美智流はこの肝試しをとても楽しみにしていたけれど、それを彼に言うつもりはなかった。
「あのね、ちょっと声が聞こえたの。もしかしたら有海あみたちかもしれない」
 美智流が先ほどはぐれてしまった友人たちの名前をあげると、功は慌てて首を振った。
「そんなわけねーって。もうすぐゴールだろ。早く行こう」
 美智流の意見も聞かずに功はさっさと手を握りなおして止めていた足を踏み出した。
 美智流はついていくしかない。けれど耳には先ほど聞こえたなにかがまとわりついているようで、なんだか気持ち悪かった。
 けれど功にそんな気持ちを言っても、承諾はしないだろう。さっき担任が化けていた妖怪に驚かされて悲鳴をあげたばかりなのだ。
「あ、ほらゴールの明かりだ!」
 功が嬉しそうな声をあげて、手を強く握りなおしてくる。
 こわがりなんだから。美智流は呆れながらよかったね、と言った。
(お願い。見届けて。せせらぎの方へ来て――)
 突然、鮮明に声が聞こえた。知っている友人たちの声ではない、誰か知らない人のもの。
 頼りなくてでも切実な声――。
「ごめん功。あたしやっぱり行く」
 そう言うが早いか美智流は功を置いて森の奥へと戻っていく。背後で功の声がしたが、彼は決して美智流を追いかけてはこないだろうと思うと、すこしだけ腹が立った。
 お化けが出ると言われていた道ではずっと美智流の背後に隠れていた。もう十三歳なのだから、男としてしっかりしてほしいと思うのだけれど、彼には期待できないかもしれない。もともと彼はそういう少年じゃない。
(せせらぎが聞こえるよ――ぼくらの歌が)
 優しい、心の奥底に残るような甘い声がどこからか聞こえる。美智流はいつの間にか走っていた。
 やがて川の水が流れる音が聞こえると、美智流は足を止めた。いっぱい走ったから息があがってしまっている。
 初夏の夜であっても今日は蒸し暑い。汗が体にはりついて気持ち悪かった。
 川のせせらぎが涼やかなのが救いである。
 息を切らしながら、美智流は耳を澄ませて次の言葉を待っていた。
(空から贈り物がくるよ――降りそそぐ恵みがぼくらを連れていってくれる――)
「……贈り物?」
 つぶやいた途端、川がきらきらと光を放った。
 空の黒と白の星空が青色へと淡く色を変えていく。
 天と地で光があふれて森を照らしはじめた。
 美智流は息をのむ。
 森は光ですべての色を失っていた。まっ白な光が溢れる中、悲しい旋律があたりを支配する。
(さようなら。さようなら。あの光に溶けてぼくらは世界を忘れる――。世界はぼくらを置いていく――。でも泣かないよ。泣かないと約束するよ。見届けてくれるきみのために――)
 こどものこえ。おとなのこえ。しょうじょのこえ。しょねんのこえ。ろうばのこえ。
 様々な声が響いて美智流は震えた。こわくて。かなしくて。
 川から光の粒子が現れ、空へと昇っていく。その様子がいつか見た送り火と重なって美智流はとっさに震えを押し込むように目をつぶってしまった。
 次に目をあけたら、もう光は消え失せてしまっていた。声もなにも聞こえない。数分前と同じ暗闇と静寂の中で美智流は一人立ち尽くす。
 すると、背後から功の声がした。
 美智流は声に驚きながら振り返ろうとし、その直前、川が目に入る。とっさに川の水に触れようとしたけれど、やっぱりこわくてやめた。
 功がこちらにくるのを待っていると、泣きそうな顔の彼が走ってくるのが見える。
 美智流は心の中でさようなら。と言って彼の元へと戻っていった。
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